2009年11月27日金曜日

お茶会+琵琶の会@東慶寺


2009年11月22日(日)
 時折、時雨が降るような空模様の中、北鎌倉「東慶寺」にて、「月釜」に続いて、「お茶会」と「琵琶の会」に参加した。

 「お茶会」がどのようなものか、それも楽しみであるが、それにも増して「琵琶の会」がより心待ちである。また、「琵琶の会」が始まるまで、「点心の御食事」が供されるとのこと。こちらもどのような御料理が出てくるのか楽しみである。

 「お茶会」は、「白蓮舎」(立礼式)と「寒雲亭」との両方の席で交互に行なわれた。
 私は、まず「白蓮舎」で御茶を頂戴した。お菓子は、「干菓子」。ここでも「次客」の席になってしまった。そのときの参加者は、7名程で、女性は全て和服。やはり日本の女性の和服姿は、なかなかよいものである。

 その後、時雨が降り、底冷えする寒い中、赤々と燃えている火鉢の炭で暖をとりながら、「腰掛待合」で暫く待った後2時から行われた「月釜」に続いて、「寒雲亭」で二回目の御茶を頂戴した。「月釜」の時とは異なり、このときは、「寒雲亭」は、ほぼ満席状態であった。やはり茶席は、ある程度、客が多い方が楽しい雰囲気になる。これで今日は、三度も御茶を頂いたことになった。

 「寒雲亭」での茶席では、今迄座ったことがなかった一番末の席に着いた。本当の茶会では、かなり大変な役目をする席となるが、今回は、気楽な気持ちである。

 この席から眺める茶室も、雰囲気が異なり、いろいろと新たな発見をした。例えば、「風呂先」の波模様。白地に黒の線状模様で波が浮き彫りとして付されているもので、これは、まさしく「意匠」である。また窓際に目を移すと、縦格子の障子と、横格子の障子とが場所を異なって交互に配置されており、絶妙な雰囲気を醸し出している。「寒雲亭」の内部で、また新たな発見をしたような気分になった。

 「時雨清紅葉」という御軸
 上生菓子:「日本橋・長門」のもの
 お花:侘助の一種

 「お茶会」の後、「食事」が「方丈」にて椅子席で供された。「東慶寺」の「方丈」に上がるのは、これが初めてである。「点心の御食事」には、「煮物」の他に、「天麩羅」や本場の「けんちん汁」も付いていて、なかなか美味しかった。御飯は、笹に包まれていて、笹寿司のようなものが2つ。これもなかなかいい味だ。また、土瓶に入った御酒を猪口で飲んだ。そして、デザートも付いている。思った以上に、お昼を食べていなかったお腹が満たされたようだ。

 暫く食休みしてから、午後6時(18時)開演の「琵琶」の演奏を聴くために、「方丈」から廊下を伝わって「本堂」へ移動する。「本堂」に上がるのは、先日の「お月見の夕べ」に続いて二度目である。

 「琵琶の会」に先立ち、御住職が挨拶をされる。 その後、荒井姿水さんにより、演奏者の紹介があり、最初の演目について説明があった。

 最初の演目は、「桶狭間」。奏者は、荒井靖水さん(薩摩琵琶)である。これは、「語り」が伴う演奏である。「織田信長」と「今川義元」との有名な「桶狭間の合戦」の場面を語る。つい先日、「袋井」に旅行して、「今川義元」に所縁のある場所を訪れたばかりである。演奏を終えた後、荒井靖水さんが「琵琶」の種類、その演奏の仕方、等について解説をして下さった。

 続いての演目は、「沁臆」(シンオク)。これは、荒井靖水さん(5絃薩摩琵琶)・荒井美帆さん(25絃琴)の共演で、二人が作曲したものである。演奏を始める前に、荒井靖水さんと美帆さんが曲について説明をして下さった。これは、演奏のみだったが、なかなか綺麗な調べである。

 そして、最後の演目は、「平家物語」の一部である「敦盛最期」。奏者は、荒井姿水さん(薩摩琵琶)である。
 演奏を始める前に、荒井姿水さんが、つぎのような「平家物語」にまつわる「平忠度」について解説をして下さった。「平清盛の弟である平忠度は、薩摩守に任じられていました。武勇にも秀でていましたが、和歌をたしなんで、その道の名人である藤原俊成に教えを受けていました。いよいよ平家都落ちのとき、忠度は一度都を出たあとに密かに引き返し、俊成を訪ねます。落人が帰ってきたといって屋敷の内は騒ぎますが、「門を開けてくれなくてもいいので、門の側まで寄って下さい。お願いがあるのです」という忠度の言葉に、俊成は門を開けて対面します。忠度は、「世の中が静まって勅撰和歌集の企画が持ち上った際は、一首でもよいので私の歌を入れてください。私は一門とともに亡びていきますが、それが唯一のお願いであります」と、日頃から書き集めておいた和歌の巻物を俊成に渡します。俊成はこれを引き受けます。忠度は喜んで、「今は浮き世に思い残すことなし」と馬に乗り西へと向かいます。そんな忠度の背中を見送りながら、俊成は涙を袖で押さえるのでした。忠度が一の谷で討ち死にしてから三年後、俊成は勅撰和歌集・千載集を作りましたが、その中に忠度の歌を一首入れました。

「ささなみや 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 山ざくらかな」

 ただし本人は当時朝敵であったので、俊成はその名をかくし、「よみ人知らず」として入れたのです。
 また、「無賃乗車」のことを「薩摩守」という謂れについて、「千載集」に「平忠度」の和歌が「詠み人知らず」として載せられていることから、「タダ載り=タダ乗り=忠度=薩摩守」と言う、ということも語られた。
 この演奏は、「語り」を伴うもので、その内容は、「一の谷の戦い」で「熊谷次郎直實」に命を奪われた「平敦盛」の物語である。

 テレビ、等で「平家物語」を語るときに「琵琶の演奏」が伴うような場面を何度か見てはいるが、実際に「平家物語」の語りを「琵琶の演奏」を伴ったライブで観たのは、今回が初めてである。なかなかの迫力で、それぞれの物語の内容もある程度理解できた。

 琴の音色といい、琵琶の音色といい、雅楽に用いられる楽器の音色は、心が落ち着く。機会があれば、また聴いてみたいと思う。

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